2015年10月

こちらに寄せて頂くのは久しぶりだなと思い、いつ以来だろうかと調べてみたら
1年と10か月前の事でした。
約2年、如何お過ごしでしたでしょうか。皆様それぞれに、変わった事、変わらない事
色々あったかと思います。私はと言えば、以前にこちらでお話しさせて頂いた時よりも
少しだけ、お腹が出てきてしまいました(笑)。
日頃の運動不足を痛感している次第でございます。しかしせっかくの季節ですので
食欲ではなく、スポーツの秋を、今年は、いや、これからも、秋だけに限らず
過ごしていきたいと思っております。

 実は今、私たち青年僧の活動の中で、野球をしております。とは言っても
ただの草野球です。間違いなく、少年野球の小学生の方が上手でしょう(笑)。
私たちの野球は、運動不足の解消と
何よりも、お互いの親睦を深めることを目的としています。
学生時代は水泳一筋の私にとって、野球をやるという事はとても刺激的です。
なにぶん、チーム競技が初めてなので、「常に声をかけ合う」事に
慣れていませんでした。最初はかなり戸惑いました。
それでも回を重ねていくうちに、自然と声が出てくるようになりました。
上手くできた時も、失敗してしまった時も、チームメイト同士で声をかけ合う事で
自然と雰囲気が良くなるのを、感じ取れるのです。
もし、終始無言でやっていたら、あまりにも苦しい状態となっているでしょう。

人の心を動かし、その場の雰囲気にも影響を与える、「言葉の力」。
それは皆様の中にも、大いに心当たりがあるかと思います。
仏教には、「愛語施」というものがあります。優しい言葉、思いやりの言葉をかける…
特別なものを必要とせずにできる行い、「無財の七施」の中の一つです。
スポーツの場だけに限らず、普段の生活の中に、愛語施は存在しています。
その最たるものが、日頃の挨拶と、感謝の言葉ではないでしょうか。
私のお寺の門前は、通学路となっています。ちょうど朝のお参りに出る時と
登校の時間が重なる時が多くあります。私が「おはよう」と言うと
子供たちも大きな声で「おはようございます!」と返してくれます。
正直、眠たい時や、疲れている時もあります。そんな時でも
子供たちの挨拶は、私に元気をくれます。
また、「ありがとう」と言われて、悪い気になる人は、まず居ないと思います。
何よりも、「ありがとう」の言葉が生まれる状況の中にいる事が
お互いに何か良い出来事が起こった証拠でもあります。
もちろん、日頃の挨拶や声掛けというのは、当たり前の事なのですが
その当たり前の事が、時になかなかできなかったりするのが
我々、人間なのではないでしょうか。
そして、「施す」という字が使われているからと言って
「してあげる」とか、「今からやるぞ」と思わずに、意識せずとも自然と
口から出る言葉を、「愛語施」として、日々を過ごす事ができれば
お互いが気持ち良く、接する事ができるだろうと思います。
本日は貴重な機会を頂きまして、ありがとうございました。

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