2015年 7月

もう今年も半分が過ぎました。
私のお寺の境内には、今、アジサイの花が綺麗に咲いています。
このアジサイは、昨年お檀家さんから分けていただいたものです。
先日、そのお檀家さんの所へお参りに伺ったので
改めて、「いただいたアジサイが綺麗に咲いております。
ありがとうございます。」と、お礼をさせていただきました。
そのときニコッと微笑まれた顔がとても心に残っています。
そして続けてこう言われました。

「おっさん(和尚さん)、花やっとる人は欲が深いでね」

微笑みに続けて、「欲が深い」という言葉が出てきたので
少し驚きつつ尋ねてみると
「花を育てる人は、近所の人が自分のもっていない花を育てていると
つい欲しくなって一枝分けてとお願いしちゃうの。
どれだけ自分の庭に沢山の花があっても、また欲しくなる。
だから欲深いのよ。でもね、私もいろんな人に自分の育てた花を分けてあげたい―」

仏様の教えでは、欲は抑えられるべきもの。欲は尽きることが無く
苦しみのもとになるからです。
突き詰めて言えば、目が物を見るのも欲、耳が声を聞くのも欲です。
しかし、何かをやろうとする思いが芽生えるのも、欲あればこそなのです。
人間は欲で出来ているといってもいいかもしれません。

だからきっと、欲そのものを否定されたのではなく、その教えの裏には
他人の為に活かす欲は大事にしなさい、そして自分が欲深い人間で
あるということを知りなさい、そんな願いがこめられていると思います。

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