2月・法話

私たちは何かしてもらった時、「ありがとう」とお礼の気持ちを表します。
この「ありがとう」の言葉。語源は仏教に由来する「有り難い」という言葉と
言われています。

お釈迦さまが弟子の阿南(あなん)に語った
「盲木浮木の譬え(もうきふぼくのたとえ)」という話があります。

お釈迦さまはこう問います。
「果てしなく広い大海に、百年に一度だけ海面に顔を出す盲目の亀と
風のままに流され浮いている小さな穴の空いた木がある。
この亀が海面に顔を出した時、この木の小さな穴から顔を出すことはあるだろうか?」
阿南はこう答えます。
「何億、何兆年の時があればあり得るかもしれませんが
その可能性は無いと言ってもいいほど、とても難しいことです」

この答に対してお釈迦さまは、
「阿南よ。この亀が丸太の穴から顔を出すよりも
人間として生を受けることの方が難しいことなのだ。
それほどまでに有り難いことなのだよ」と。

「有り難い」とは「有ることが難しい」ことで、滅多にないこと
とても珍しいことを言います。

私たちが人間として生まれる可能性は、有ることが難しいほど
奇跡に近いことです。そう考えると、人間として生まれることができたという
心からの喜びがあれば、自然と感謝の気持ちを表したくなるのではないでしょうか。

コメント

コメントの投稿