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5月・法話

桜も終わり、やっと過ごしやすい日々になりました。
これだけでも有難いなぁと感じるのは、不思議なものです。

世の中はゴールデンウイークでどこか行こうか計画している人も多いと思います。
私の住んでいる所では、この時期に町内の祭りがあります。
山車(だし)も出るので毎年ゴールデンウイークどころではないです。
準備、当日の祭り、後片付けと何かと人手がいるもで
当然、町内の中には『もうやめようや』と不平不満が出できております。
何とか続けて行けるようと昔ながらのやり方ではなく
山車を引くのを一年ごとにして、引かない年は、飾り付けをした
山車見てもらうと形も変えて続けております。
これも、自分の先祖が残してきたものして町内の人々の胸の中に
生き続けておるからこそやり続けているんだと感じております。

この世は、諸行無常であり、生まれた者は死んでいくが百年二百年と
後世の胸の中に生き続ける こんな生き方をしたいものです。
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5月・例会

今月は一宮にて全国青年会の事業の一つである
カレンダー作成に向けて、版画の準備・研修会を行いました。
昨年は初めて本山の版画研修会に出席し、先生より本格的に
印刷(木版画の場合は「摺り」と言うべきでしょうか)のご指導を頂きました。

先輩方より、「本山では時間が限られているから、彫る作業は終わらせて
おいた方が良いよ。」とアドバイスを受け、前もって自分なりに作品を
完成させた(つもりの)状態で先生に伺ったところ
「摺ってからでも修正できますので、まず一度やってみましょう。」と
いうわけで、早速いざ実践!
摺りあがった一枚を目にして、…まぁ、こんなもん?と、眺めていたら
「何度も摺っていくと墨が木に染みて 作品が変わってきますよ。」と先生に
教えて頂き、繰り返すこと数回…自分で言うのも、ですが、結構良いんじゃない?と
思いのほか清々しい達成感を得られました。
しかし、他会員の作品とのバランス等が考慮され
残念ながら(むしろ必然とも言えますが)カレンダーには落選。
今年こそは、という意気込みを胸に、昨年の「線を彫る」スタイルから
今作では「線を残す」形に挑戦。無事に完成できるでしょうか…。
さて、作品の出来は別にして、「何か一つの事を黙々と行う」ことは
心身ともに良い刺激にもなるな、と感じました。
一つの作品を仕上げるのは、案外貴重な機会なのかもしれません。
今後も皆様のご参加をお待ちしております。

平成29年5月例会

年度初め総会

平成29年度が始動しました。
昨年度より引き続きの体制のもとスムーズに会は進行されました。
今年度もジャンルにとらわれない幅広い研鑽として
いつ起こるかわからない災害や認知症など社会が抱える問題への対応
子供たちへの教化方法などをまなんでいく計画をしております。
もちろんそれらは1人の僧侶として備えておきたい内容はもちろんではありますが
会員が表裏なく色々なことにチャレンジし意見を交換できるのが青年会だと思います。
是非、多くの会員の参加をお待ちしております。

平成29年4月例会

4月・法話

本日は「おみくじ(御神籤)」に関する話でございます。
100%とは言えませんが、大人であればほとんどの方が
一度はどこかでおみくじを引いた事があるかと思います。
その結果に一喜一憂したり、日頃の生活の教えや参考にしたりと
くじを引かれた多くの方々が、そのような経験をされたのではないでしょうか。

さて、おみくじにおきまして、「凶」を引かれた事のある方は、おられますか。
私も今までに何度かおみくじを引いてまいりましたが
一度も「凶」に巡り合った事はございません。
以前に学校の先生が
「そんなものは、引いた人が悲しむから、最初から入っていないだろう。」と
話していたのを覚えています。確かに場所によっては、そうなのかもしれません。

しかし先日、お参りに伺ったお宅のご主人が、「前に凶を引いた事があるぞ。」と
話されました。「やっぱりある所にはあるものだ。」と思っていたところ
そのご主人のお話がとても心に残りました。
「確かに最初は落ち込んだが、考えてみればこれは良い事なのかもしれん。」
「なぜでしょうか?」
「私がこの凶を引いたという事は、他の誰かが引く運命であったかもしれないものを
私が代わりに引いてあげた。つまりその人に嫌な思いをさせずに済んだ。
これは良い事をした、と言えないだろうか。」
「言われてみればその通りですね。」
「それにあの時凶を引いた事で、それまでの自分に、どこか悪い所があったのか
少しだけだが考えるきっかけにもなったわ。」
見方を変えるだけで一つの「凶」をこのような形で捉える事は
自分ではなかなか出来ないだろうなと、大変勉強になりました。

我々のご本山、永観堂禅林寺の御本尊、みかえり阿弥陀様は
お顔を左に向けておられます。
このお姿には、「思いやりを持って周りを見つめる」姿勢と
「自分自身を省(かえり)みる」姿勢を表しておられます。
口で言うのは簡単ですが、実際に行うのは難しい事かもしれませんね。
一つの「凶」で、自らを省みる。「凶」は決して悪いものではない。
もしいずれ機会が訪れましたら、悲観的にならず、この話を思い出してみたいものです。
しかし、そうは言っても、せっかくの本日のご縁、皆様にとって
「吉日」となりましたなら、私も幸いでございます。

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3月・法話

暑さ寒さも彼岸まで、とはよく耳にする言葉ですが昔の人たちはよく言ったもので
実際に彼岸を境にして季節の変化が顕著となってゆきます。
特に春の彼岸は長く厳しかった冬が終わり、暖かさを肌身で感じられる時期。
同時に草木が芽吹き、冬の間、土に潜っていた小動物たちも顔を出し始める
季節ともなります。

本来、彼岸という言葉は涅槃に至る。つまり、この世での迷いを断ち切った
という意味合いで使われる仏教用語なのですが、日本では上記のように季節の
変わり目として用いられ、彼岸会など仏事として行われるようになりました。
四季の変化が顕著なこの国では、それに合わせて草木や動物たちといった
生きとし生けるものの転変を無意識のうちに感じることから
日本人独特の無常観が培われていったのです。

ようやく寒さから解放されるこの時期、庭や公園などを観察してみては如何でしょう。
新しい命の誕生を目にすることができるかもしれません
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