12月・例会・黒衣法要

年の瀬が迫りましたが、本年も会長御寺坊にて黒衣法要を行いました。
年に一度の行事ですが、ピンと張り詰めた堂宇内での読経はとても
心が落ち着きます。
法要後は場を移して、年度内の行事などを再確認しました。
気が付けば、今年ももう終わり。記念事業などで多忙な一年でしたが、
若手会員の協力もあり、無障礙に終えることができたと思います。
来年も、宜しくお願いします。

平成30年12月黒衣法要①

11月・例会

今月は岐阜県可児市の葬儀会社さんで、葬儀の流れについての研修会を行いました。
私は、普段のお葬儀で地元の葬儀屋さんと付き合いがありますが
葬儀の打ち合わせをする程度で、葬儀屋さんから葬儀について教えて頂く機会は
ありませんでしたので、良い機会だと思い、参加させて頂きました。

当日は、葬儀社の社員の方から、故人が亡くなってから葬儀・告別式までの葬儀の
流れについての講義を頂いた後、葬儀についての意見交換を行いました。
前半の講義では、特に故人が亡くなってから枕経までの流れが勉強になりました。
私は枕経から関わることが多く、それまでどのようなことが行われているか
それほど分かっていなかったためです。
納棺師の方が、亡くなった方にはまだ体温があるので
遺族の方に手を握ってもらったりしながら、生前と同じ様に接することを
心がけているという言葉が大変印象的でした。
また、講義の際に配布された資料の中に
自分らしさは周囲との関係で作られているところ
死別により自分らしさを作っている大切な一部が失われてしまうため
死別により大変な苦しみが生じるということが記載されており、大変勉強になりました。

改めて感じたことは、葬儀屋さんや遺族の方にとって寺院の敷居は
かなり高いということです。例えば、葬儀の形態(両鉢、片鉢)や戒名などでも何が違って
どのような意義があるのか寺院に聞きたくても中々聞けないし
納得できる説明が受けられないことが多いようです。
寺院として説明を尽くすことの大切さを、改めて感じました。

今回の研修で、大切な方を亡くされたご遺族の方の苦しみ
何も分からないまま進んでいく、不安を少しは理解できたように思います。
今後、葬儀に関わることが益々増えていくと思いますが葬儀屋さんと
きちんとコミュニケーションをとって、ご遺族の方をサポートしていきたいと思います。
最後にこのような貴重な機会を作って下さった皆様に、感謝いたします。

2018年11月例会①s

12月・法話

命にかかわるような危険な体験をすることを、「三途の川を渡りかけた」とか
「危うく三途の川を渡るところだった」などと表現することがあります。

三途の川とは皆さまご存知の通り「この世」と「あの世」の境を流れている川のことです。
誰もが聞いたことのある大変有名な川ですが、誰もその存在を証明できませんね。
でも伝え聞くところによると、生前の行いによって川の渡り方が違うらしいのです。
生きているときに、たとえ自分が苦しくとも他人に喜びや楽しみを多く与えた人は
金銀七宝で造られた橋を渡り、それほどでもない人は浅水瀬という浅瀬を渡り
自分の事ばかりで他人から喜びを奪い取り
他人に苦しみを与えた人は強深瀬という辛く苦しい深瀬を渡るとのこと。
三種類の渡り方があるがゆえに「三途の川」というのですね。
いつか渡らねばならない三途の川。どうせなら橋を渡っていきたいですね。

「人が死んだ後に残るのは、得たものではなく人に与えたもの」

①2018年12月

11月・法話

私たちはありがたいことに、毎日おいしい食事をいただくことができます。
ふっくらなお米、季節の新鮮な野菜や果物、柔らかい肉、脂ののった魚・・・
お腹が鳴ってしまいます。

小中学校の同級生と、なつかしい給食の話に花が咲きました。その中で

「今は「三角食べ」って勧めてないんだって。
あれはおかずが少なかった頃のことらしいよ」
「今これをやるとご飯を食べ過ぎてカロリーオーバーになるんだって」

皆さん、「三角食べ」はご存知ですか?
私が小中学生の頃、先生から「三角食べをしなさい!」とよく言われたものです。
今でもその感覚は抜けません。給食といえば、200円少々で栄養バツグンの
優等生な食事のはずなのに・・・時代は変わりました。

しかしおかずはもとより、満足な食事さえできなかった戦中戦後、さらには
法然上人・西山上人が生きておられた時代の食事は質素であり、
大変貴重な時間だったのではないかと思います。
また、お釈迦様が最初にされた修行は「苦行」でした。
食事も取られなかったためやせ細り、フラフラになってしまったところを助けられ
差し出されたおかゆを食べて元気を取り戻されました。
お釈迦様が私たちを救ってくださるために悟りを開かれたのは、この後のことです。

お釈迦様と同じように、私たちが元気で充実した生活を送るためには
しっかりとした食事が大切です。
しかし食事ができることを「あたりまえ」と思ってしまうところもあります。

現在の日本では、「ダイエット」で一喜一憂しています。
これはおかしなことではないか?ありとあらゆるおいしいご飯がいっぱい
食べられることがあたりまえという誤った感覚を作り出してしまいました。
それと同時に、食事をいただくことへの「感謝」が
大いに薄れているのではないかと感じます。

私たち僧侶は、修行の1つとして、「五観」という食前の言葉を唱えます。
①食べ物のいのちと、調理した人の苦労と、天地自然の恵みに感謝し
自分のおこなった業の多少を考える
②自分にこの食事を受けるだけの徳があるのかを考え、自分を振り返る
③過ちを離れるには、むさぼり・いかり・おろかさの三毒の煩悩を制御することである
④薬を服用する思いで、この食事をいただく
⑤この食事は仏の道を修めようとするためのものである

檀家さんのお宅へお参りに行くと、年配の方とこんな話をよくします。
「ひざが痛くて正座ができなくて・・・困ったもんだ」
「最近ほんとによく忘れることが多くて・・・ボケが始まったかもしれん」
「何十年も一生懸命仕事をして使ってこられた体ですから、いろいろ悪くなってきますよ」
「でも毎日、おいしいゴハンを食べられているじゃないですか?
それって一番幸せなことだと思いますよ」と。
 
私たちは仏様の功徳に感謝をして手を合わせます。
食事をいただくことも手を合わせて「いただきます」「ごちそうさま」と言います。
毎日の生活にとても大切な、おいしい食事をいただけることに感謝しましょう。


最後に皆様にお伝えしたいことがあります。
日本国内で、食べ残しなどで捨てられる食べ物は、1年間で2千万トン。
世界で飢え、栄養不足に苦しむ人は10億人。
さらに飢えにより1日に2万5千人が死亡し、その多くは5歳以下の子供です。
飢えをなくすのに必要な食料は、1年で700万トン。
日本で捨てられる食べ物で、約3年分まかなえます。
そして日本の食料自給率は39%。
特に私たちの食事に欠かせない小麦と大豆は1ケタです。

私たちは改めて食べられることに「感謝」です。

東国青年会45周年講演会・祝賀会

今年、東国青年会発足45周年の節目を迎えまして
10月3日名古屋 キャッスルプラザに於きまして講演会、祝賀会を行いました。
我々の予想よりはるかに多くの方に集まって頂きまして東国青年会に対する愛を
感じております。
45年という長きにわたり在り続けていることは、役割があると痛感しております。
時代が変われば考え方は変わるのは当然ですが守っていかなければならないことは
伝承しつつ、今の時代何を求められているのかを感じ
僧侶として研鑽していかなければと改めて思う次第であります。

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