東国青年会45周年講演会・祝賀会

今年、東国青年会発足45周年の節目を迎えまして
10月3日名古屋 キャッスルプラザに於きまして講演会、祝賀会を行いました。
我々の予想よりはるかに多くの方に集まって頂きまして東国青年会に対する愛を
感じております。
45年という長きにわたり在り続けていることは、役割があると痛感しております。
時代が変われば考え方は変わるのは当然ですが守っていかなければならないことは
伝承しつつ、今の時代何を求められているのかを感じ
僧侶として研鑽していかなければと改めて思う次第であります。

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10月・法話

今日は簡単に宗教のお話をします。

私たち日本人はご先祖様に感謝し、供養を行い
多くの神さまや仏さまからのご利益を期待しますね。
けれど、世界三分の二の人たちが信仰している宗教は
キリスト教やイスラム教といった一神教の神さまです。
一神教では基本、信仰している唯一の神さまだけを信仰するので
多くの神さまや仏さまを祀り、拝むことは御法度。
私たちからすれば、「なんだか堅苦しいなあ。多くのご加護やご利益があれば
その方がいいじゃないか。どの神さまや仏さまも、ありがたいんだし」
そう思われるかもしれませんが、一神教の信者さんにとっては唯一
自分が信じる神さまのみの教えを守ることが、何よりも大切なのです。
言い換えれば、神さまの命令を守ることのみが信仰なので
私たちのように神さまに「願いを叶えて下さい」とお願いするなど
とんでもない罰当たりな行為になります。

なかなか理解できないかもしれませんが、そういった厳格な教義だからこそ哲学
や法律、自然科学といった学問が進み、近代文明が開花していったのも事実。
今から約百五十年ほど前、私たちもその近代文明を取り入れ、今の生活や社会
に繋がっています。

報恩謝徳という言葉がありますが、よくよく調べてみると自分たちの宗教だけ
ではなく、他の宗教からも恩恵を頂いているという背景が見えてきますね。
確かに宗教は争いとしても根深い問題を孕んでいますが、信仰心を持つ者と
して、他の宗教を信仰するひとたちへの敬意を大切にしたいものです。

2018年10月①

9月・法話

今年は記録的な、災害級とも呼ばれる暑い夏となりました。
また、暑さの影響で豪雨が起こりやすく、大雨の被害も続きました。
一昔前とは季節の感じ方も変わってきた気がします。
とはいえ、暦はすでに秋に入り、お彼岸が近づいてきました。
お彼岸のお中日は秋分の日ですので、太陽が真東から出て
真西に沈みます。阿弥陀如来ははるか西の極楽浄土にいらっしゃるため
この日の夕日に向かうことで阿弥陀様に心を向けて拝むことができます。

日本の祝日に関する法律でも、秋分の日は
「祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ。」とあります。
私たちは、ご先祖様や亡くなった方々に直接何かを及ぼすことはできません。
しかし私たちは、この体はもちろん、言葉や思い、教えなどご先祖様や
お世話になった方々からいただいたもののおかげで今を生きることができています。
そんな私たちにできることは感謝の心を込めて手を合わせることぐらいでは
ないでしょうか。
暑さ寒さも彼岸まで・・暑さの落ち着くお彼岸にお墓参りに出かけましょう。

8月はお休み

盆期間中となりますので、今月の例会及び法話はお休みさせて頂きます。

7月・例会

今月は宿坊研究会の代表の方を講師にお招きし、研修会を開催しました。

「お寺を盛り上げる7つのアクション」をテーマに講演いただきました。
私は4年程前に一度、同じ内容の講演を聴く機会がありましたが
今の自坊を取り巻く現状に照らして拝聴すると
新たな気づきや発見がたくさんありました。

講師の先生は、学生時代から寺社仏閣に魅力を感じて
自らの足で全国各地の宿坊を回り、身をもって仏教を体感されてきた方です。
このように寺に愛着を持たれている氏が、一般人、在家者の目線で
客観的かつ多角的に、現在の寺院の在り方に厳しい指摘と
それに対する対処法を、「7つのアクション」として提案下さいました。
その中で「教会に行ってみる」と「前例のないことに挑戦する」の
2つのアクションが、大変印象的でした。

はじめの「教会に行ってみる」というのは、寺を訪れる方々がどのような気持ちで
何を目的に来られるのかを、自分が教会に行くことで疑似体験を
してみるということです。
研修会後、実際に近所の教会を訪ねてみたところ
礼拝堂に入る時は思った以上に緊張しました。
また、入り口から礼拝堂までの案内や、堂内での作法や立ち居振る舞いなどの
説明がないと案外手持ち無沙汰になり、早々に退出してしまいました。
門前にこれらの案内や説明があるだけでも
寺の印象ががらりと変わるのだと実感できました。

2つ目の「前例のないことに挑戦する」というのは、前人未踏の挑戦(修行)を
続けているからこそ仏教者としての厚みが出てくるということです。
氏曰く、一般人にとって僧侶(出家者)は俗人とは違う特別な存在として見られており
生きることの専門家としての意識が乏しい僧侶に説教をされても何も響かないと
大変耳の痛い指摘もされました。この課題に対する具体的な対処法の1つとして
ご自身の体験を踏まえて「10年後に死ぬことを意識する」を紹介されました。
これは、物事に期限を設けて、文字通り決死の覚悟で万事に取り組むということです。
これが自分にとって最も足りない部分だったので、大変勉強になりました。

なお、研修会後の懇親会、宿泊された自坊でも会員諸師と寺院経営について
白熱した議論があったと聞いています。

平成30年7月例会①

平成30年7月例会②